2021年5月20日(木)
2021焦点・論点
米中デジタル覇権争い
龍谷大学名誉教授 夏目啓二さん
市場奪う米巨大IT企業 監視社会許さぬルールを
米中覇権争いの背景にあるデジタル・先端技術をめぐる両国の経済対立の現状、巨大IT企業の支配が生みだす弊害、今後の国際経済関係のあるべき姿について、龍谷大学名誉教授の夏目啓二さんに聞きました。(伊藤紀夫)
![]() (写真)なつめ・けいじ 名古屋市生まれ。立命館大学大学院修了、博士(経営学)。龍谷大学名誉教授。著書は『アメリカIT多国籍企業の経営戦略』『20世紀のICT多国籍企業』『現代中国のICT多国籍企業』(共著)など多数。 |
―米国ではバイデン政権が誕生し、トランプ政権下の対中強硬路線に変化があるのでしょうか?
バイデン政権はトランプ政権と同様に、デジタル・先端技術開発分野で中国をライバル国と位置づけ、4月28日の施政方針演説では中国との競争に勝つと強調しました。この分野は軍事・安全保障と結びつくもので、デジタル覇権競争にとどまらず、中国を抑え込むという米国の方向性は変わらないと思います。
トランプ政権のとき、米中のデジタル覇権競争の先頭にたっていたのがファーウェイです。5G(昨年からサービスが始まった高速・大容量の第5世代移動通信システム)とスマートフォンを扱う巨大企業で、中国の国有企業ではなく、従業員持ち株会社でユニークです。その力を徹底的に抑え込んで排除しようというトランプ政権のやり方を、バイデン政権は踏襲しています。
とくに、デジタル産業のなかでスマホは5Gとともに非常に重要なハイテクの技術基盤です。その技術開発力を中国で持っているのは唯一、ファーウェイで、中国のハイテク技術を代表しています。
米国のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)といわれる巨大IT企業のなかで、スマホを生産するアップルは特別な存在です。ファーウェイとアップルのたたかいは、個別企業の争いにとどまらず、まさに米中を代表するハイテク企業同士の争いという意味で、軍事技術、先端技術を含めた総力戦を象徴するものです。
―米中のデジタル・ハイテク覇権争いの現状はどうなっているのでしょうか?
トランプ政権は5Gについては安全保障を理由に同盟国に使わないよう要請し、真っ先にオーストラリアと日本がこれに追従し、コロナ禍で英国が加わり、ファーウェイ排除同盟をつくりました。5Gやスマホの生産に欠かせない半導体部品に輸出規制をかけ、生産と組み立て、部品調達、つまりサプライチェーン(供給網)を断ったわけです。
その結果がどうなったか。ファーウェイは、スマホの出荷台数でみると、昨年1~3月期に4850万台でしたが、今年の同期には1500万台に落ち込み、3分の1以下になりました。1位はサムスン(韓国)で7500万台、2位にアップルが返り咲き、5520万台、ファーウェイは2位から6位に落ち込んだのです。スマホ市場では、米国の排除措置が成功したといえます。
ただ、ファーウェイは研究開発能力も組織も資金も持ち、アップルに伍(ご)してたたかう実力ある企業です。スマホの欧米市場から排除された同社は、そのハイテク技術と資金を自動運転技術に振り向け始めています。自動運転技術にはアップルなどもすでに参入しており、ハイテク覇権争いは次の場面に移りつつあると思います。
―覇権争いを繰り広げてコロナ禍で大もうけする巨大IT企業については他の企業を排除する情報独占の問題、個人情報と人権の侵害などで厳しい批判があり、規制の動きが出ていますね。
米中のデジタル覇権争いは結局、欧州に持っていたファーウェイの市場をアップルが奪い、米国の巨大IT企業の大もうけを実現したということです。コロナ禍で独特のIT需要もありますが、アップルは今年1~3月期に売上高を54%増やし、利益も2・1倍にしました。グーグルもマイクロソフトもフェイスブックも過去最高益(純利益)です。
そのなかで独占の弊害とその批判が噴出し、巨大IT企業も対応が迫られています。
欧州連合(EU)の欧州委員会は4月30日、アップルにEU競争法(独占禁止法)違反の疑いがあるとする「異議告知書」を発表しました。「音楽配信サービス企業が、アップル独特の課金システムを利用するよう強制され、音楽配信市場の競争がゆがめられている」というのです。
バイデン政権は、米連邦取引委員会(FTC)の委員に巨大IT企業に対する規制推進派のリナ・カーン氏を送り込みました。FTCが根拠とする反トラスト法は、公正な競争を阻害する独占を規制して不公正取引を取り締まることを伝統的な精神としています。カーン氏は反トラスト法の考え方を踏襲するにとどまらず、社会全体を対象に独占の弊害を取り締まるべきだという考え方の持ち主で、注目されます。
EUでは米国に先駆けて個人情報・プライバシーの侵害に対し、規制をかける動きがでていました。2016年の米大統領選では、トランプ陣営の運動を担った会社がフェイスブックの8700万人の個人データからAI(人工知能)を使って投票行動を変えさせる標的となる対象者を選びだし、マイクロターゲティング広告の手法を使い、偽造情報を送りつけていたことがわかり、衝撃を与えました。膨大な個人データを蓄積し、本人の同意を得ないまま利用して莫大(ばくだい)な利益をあげたり、政治利用することは、個人のプライバシーを侵害する大問題で、その規制が焦点となっているのです。
―バイデン大統領は「トリクルダウン経済は機能しなかった」と大企業の利益が国民にしたたり落ちるという新自由主義の経済政策を批判する一方、覇権競争によるゆがみが表面化しています。今後どういう国際経済関係が必要でしょうか?
デジタル化がすすむ国際経済関係でいま一番求められているのは、監視社会化という世界的な動きのなかで危機にひんしている人権と民主主義を尊重したルールづくりだと思います。
巨大IT企業による本人の同意のない個人情報の利活用が人権侵害をもたらすことは、欧米でも日本でも中国でも共通の問題です。ただ、中国の政府は国家情報法により、BATH(バイドゥ、アリババ集団、テンセント、ファーウェイ)という巨大IT企業や個人から個人情報を集めることができ、監視国家となっています。
それだけに個人のプライバシーがきっちり守られ、自由に意見表明する権利が保障されることが必要で、国際経済関係のベースにならなければなりません。
いま、EUや米国で情報独占の弊害に切り込み、プライバシーを保護するルールづくりが始まり、大企業の大もうけを支援する減税や社会保障費の削減を推進した新自由主義政策からの転換も課題になっています。また、グローバルな法人税の減税競争を見直す動きも起こっています。
すでに問題を解決していく萌芽(ほうが)が見え始めていると思います。
